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とことこと歩き出す少女。
「おい、何もしなくていいのか?行ってしまうぞ?」
お礼位したらどうなんだと促すアゲート。
そんな、お礼なんて必要ない。だって、と男は呟く。
「お礼も何も、この子は連れて行くよ?」
ぴたっと、思わず少女も歩みを止め、振り向いた。
「は?」
何を言い出すんだうちの団長は…と深い溜め息をつくアゲート。
「またか…」
完全に呆れている。
この男、これが初めての訳ではなかった。
行く先々、孤児に会えば気に入るたびに、サーカスに迎え入れている。
酷い時には親御さんがいる子供もいた。
別に悪いとは言わないが、最近はサーカスの人数も大所帯、流石にそろそろ金銭面で厳しいものが。
そして孤児の場合、ある程度育つと同時に、自由の外へと出てしまう場合も多い。
所詮都合のいい衣食住の揃っている所位にしか思われていない。
でもま、この男のことだから…と言うのがアゲートだ。
それに無理やりと言う訳でもない。
必ず本人の意思を聞く。中にはやはり断る子供もおり、その場合連れては行かない。
今回は果たして…。
ゆっくりと歩き出し、少女の元へと近寄る男。
少女の目線へと合わせるように、腰を落とす。
少女もじっと男を見つめ、その目を離さない。
「僕達は移動のサーカス一座で、僕はその団長なんだ。出来れば君を連れていきたい。どうかな?
「いかない。」
それが少女の答えだった。
少女の答えを聞き、アゲートは踵を返し、歩き出す。しかし、
「どうして?」
男の声に足が止まる。おや、男が食い下がるとは珍しい。
「確かに芸を磨くのは大変だ。でも、衣食住、君には不自由させないつもりだ。それは僕は保障する。」
いつもなら一問一答、答えを聞けばすぐに引く筈なのだが…。
だがその疑問もすぐに晴れる。次の男の言葉で、アゲートは納得した。
「君には、僕の後を継いで欲しい。僕の…君には道化師になって欲しい。」
知ってる?そう言って男は徐にポケットからボールを数個取り出し、簡単なジャグリングを始める。
この言葉に、アゲートも無視できなくなる。
今まで何人もの子供を引きうけて来たが、その子供たちには決して己の役をやらせようとしなかった。
サーカスで生まれた子供ですら、違う配役に当てる。
いくら才能溢れる子を見つけても、役に宛がわない。元から選択肢にないと言うようであった。
後継者を育てるにも時間がかかる。そろそろ男も自分の芸を伝えるものを見つけないと…。
本人よりも周りが焦り出す、そんな折でのこの出来事。
「ほっほっほっと…こんな事とか、サーカスの中でも特に道化師はいろんな事をするんだ。」
そして何と言っても、最初から配役を当てていることだ。
普段なら入団後、暫く雑用などをこなし、様子を見てからの配役になる。
が、今回は完全に道化師の為に受け入れようとしていた。
それだけ男の目に叶う物があったのだろうか?
男とも長い付き合いだが、未だに分からない事がたくさんある。これも、その1つである。
「どう…?」
「……。」
ふるふると首を振る少女。
「どうして、そこまで…?」
少女の顔は絶対に行きたくない、と言う風ではなかった。むしろ逆に感じる。
なら、何故。
少女の口が、開く。
「お前はここで生きて、ここで死ぬ、皆そう言う。お前が居ると、不幸になるから。ずっと一人で、そこに居ろって。だから、居る。」
「そんな事ないだろう!誰がそんなこと…!」
「わたしを産んだ人、わたしを産んだから不幸になったって、みんな言ってた。わたしには悪魔がついてるって。」
「悪魔…?それにその人は!?」
「知らない。」
「じゃぁ、君はどうしたいの?」
「………、何も…。ここで生きて、ここで死ぬ…。やることも、何もない。」
「なら、僕のものになって。」
その時だった。
ガッ
「…!?」
「!!おい、プージ!!」
男が凶行に出る。少女の首を両手で思い切り締め上げる。
「やめろ!死んじまう!」
止めに入るアゲートだが、男の耳には入らない。本当に、何を考えているのかが分からない。
だがしかし、少女は抵抗する素振りも見せない。
力の強さに体がもって行かれているが、目は男から逸らさない。
男も見るからに冷静で、行動と噛み合っていない。
男は力を緩めずに、ぐっと力を込める。もう時間はない、少女の力が尽きるのも間もない筈だ。
やがて意識が朦朧とし、瞼が下がって来る。
最後、フッと少女の意識が消えかけた瞬間、男は握った手を離したのだった。
軽い体は地面に倒れ込み、少女の意志とは裏腹に、体が空気を求めて激しく咳込む。
そしてもう一度、男は言う。
「…だったら、僕の物になって。」
困惑の表情を浮かべる少女。
「今までの君は今、死んだじゃないか。」
なんと言う屁理屈。
「今までの君は死んで、君はラピスラズリになるんだ、僕の自慢のものに。」
「僕のものだ、誰にも文句は言わせない。どうしようが僕の勝手だ。」
「だって、悪魔の君は今死んだじゃないか。」
そう言って、男は少女に手を差し伸べる。
「おいで、ラピスラズリ。僕の全てをあげるから。」
困惑の色はより深くなるが、今までよりも、人らしい顔付きになっている少女。
本当に、今までの少女は死んでしまったとばかりのようだ。
「ラピス…ラズリ…?」
少女の言葉に頷いて。
「わたし…が…?」
「うん、君はラピスラズリ、僕のものだ。僕がいいよと許すまで、君はずっとラピスラズリだ。」
ゆっくりと、手を差し出すラピスラズリと呼ばれた少女。
そっと手を握り、少女の言葉を聞き届ける、男。
「わたし、は…、ラピスラズリ…。」
立ち上がり、男の目を真っ直ぐに見据えた少女。
「ずっと、ずっと、ラピスラズリに、なる…。」
そう言って、静かに頷いた。
「ありがとう…。」
そっと、優しく微笑んで。
一連の流れを見届けたアゲート。
男の言動も、少女の反応も、全てが理解しがたいものがそこにはあった。
2人だからこそ、通じるものがあったのだろうか。
アゲート自身がそうであったように、
ある意味で、少女に生きる希望を与えたと、多くの人は思うだろう。
確かにそれもあるかもしれない。
でも、本当は、本当はこれも…。
男も立ち上がり、繋がる少女にこう言った。
「行こう。」
優しい、とても優しい声色で。
コクン、と少女も頷いた。
歩む先には夢色のテントが。
ずっとずっと、夢が覚めるその日まで、ラピスラズリと呼ばれた少女はそこで輝く。
夢が突然覚めるまで。
ずっとずっと、少女の幼い日の話。
これが始まりで、全て、ラピスラズリが生れた日。
この日さえなければと、思う事すら忘れ去られたそんな一日。