目の前にあるのは、一冊の本。
タイトルには堂々と、大きく書かれた文字。
『絶品料理百選!』
ついにこれを使う時が来た。
絶対に、見返してやる。絶対に。
別に、料理が苦手な訳じゃない。
でも、だからと言って得意でもない、と言うだけだ。
事実、自炊はちゃんとしてる。
不思議な事に、ちゃんと作ろうとすればするほど、事故につながる可能性が高くなる。
そして何故か、奴が絡むとその可能性が飛躍的に上がる。
私は奴に呪いでも掛けられているのだろうか?
だからこそ、今回はちゃんと作ってやる。
本まで頂いたのだから、作れない訳がない。
この日のために、使った事の無いエプロンまで買ったんだ。
エプロンなんていらないと思ってたけど、今回は違う。
だって、この本の第1章3P目に書いてある。「―エプロンはきちんと着用しましょう。」
やっぱり、お菓子を作るには形から入るのも大事らしい。
何を作ろうか…。
ふと思い出して、焼き菓子のページを、開く。
項目は、
『マフィン』
生まれて初めて作ったお菓子。
兄さん、姉さん達に教えてもらって、必死に作ったお菓子。
それを奴は、鼻で笑った記憶がある。
それからも、奴はことごとく不味いと言い続け、
私も回を増すごとに、芸術性の高いお菓子が出来あがる。
これを、呪いと言わずしてなんと言おうか。
「よーし、材料も全部計ったですし、次は混ぜるんでっすね。」
『みゃーご』
「ふえ?」
声のした方を振り向けば、空いた窓に座る猫。
しまった、あけっぱなしだった。
思わず猫を見つめると、バチッと目が合ってしまった。
とたんに走る、悪寒。
キラリと、猫の目が光ったように見えた。
『みゃーご!』
「へ?わ、ちょ、ちょっと待つです!こっちに来てはダメ…わー!!」
予想は的中。
猫はテーブルへと…材料のひしめくテーブルへと、見事に飛び乗った。
どんがらがっしゃーん。
目の前が、のどが、髪の毛が、全てが粉っぽくなるのを感じる。
どうして、どうして…
「どうしていっつもこうなるでっすかー!」
思えば、いつも何か邪魔が入る。
あり得ない事に、カラスが窓を突き破って入ってきた事もある。
自分がお菓子を作ると、何かが起こる。
『みゃーご、みゃーご』
傍らでは、粉の上でゴロゴロする猫が。
粉の所為で、最早毛色も分からない。
「…は…ー…。」
ため息しか出ない。
拝啓、人形師サマ。
ご機嫌麗しゅう人形師サマ。如何お過ごしでしょうか?
今宵は満月、16年最後の夜は一体どのようなお気持ちで??
また1年、何事もなく過ぎて行きました。結構結構。
風の噂でお聞きいたしました。猫を買いになられたようで。
貴方さまが…、かの”偉大”なる人形師サマが猫を御飼いになるとは…、興味と嘲笑と心配で、一杯にございます。
もうすぐ、月が落ち始めますね。17年目の夜、貴方さまは何を思い始めますか?
今年も、何事もなく過ぎて行ければお互い幸せと言うものです。
人形師サマの”シアワセ”を月に願い、カンシャと捻くれとアザケリを込めて。
敬具 ―――。
また廻る運命、貴方さまと交わらぬ事を祈って。
PR